その歩みを振り返ると、池田瑛紗の魅力は決して「美人」「頭がいい」といった一言だけでは捉えきれない。幼少期から育まれてきた好奇心、芸術への探究心、そして浪人生活を経て乃木坂46へ飛び込んだ決断力。その一つひとつが、現在の池田瑛紗という表現者につながっている。
アイドルとしてステージに立ちながら、大学では一人の美術学生として作品や表現と向き合う。二つの世界を行き来する彼女だからこそ生まれる言葉や表情には、ほかのメンバーとは異なる独特の説得力がある。
本記事では、池田瑛紗のプロフィールをはじめ、幼少期から学生時代、乃木坂46加入までの軌跡、東京藝術大学との両立、そしてアイドルとしての飛躍と美術・メディア分野での活躍まで、その歩みを紐解いていく。
池田瑛紗のプロフィール・基本情報
まずは、池田瑛紗の基本的なプロフィールを整理しておきたい。
- 名前: 池田 瑛紗(いけだ てれさ)
- 生年月日: 2002年5月12日
- 年齢: 24歳(2026年8月時点)
- 出身地: 東京都
- 血液型: 不明
- 星座: おうし座
- 身長: 162cm
- 期別: 乃木坂46 5期生
- 愛称: てれぱん、てれさ
- サイリウムカラー: 白×緑
- 公式SNS: Instagram、乃木坂46公式ブログ
乃木坂46の5期生として活動する池田は、端正なビジュアルだけでなく、独特の言葉選びや豊かな感性でもファンを惹きつけてきた。
一見すると知的でクールな印象を受ける一方、公式ブログでは好きな漫画や作品について熱く語り、ときにはユーモアを交えた文章を綴る。その内側には、非常に個性的な世界が広がっている。
そして、池田瑛紗を語るうえで欠かせないのが、美術への深い関心だ。
幼い頃から絵を描くことを好み、乃木坂46加入後もその感性を磨き続けてきた池田は、2023年4月から東京藝術大学へ進学したことを自身のブログで公表。本人によれば、同大学は学生時代から憧れ、何度も挑戦してきた場所だったという。
アイドルとしてステージに立ちながら、一人の美術学生としても表現を追求する。
この二つの世界を行き来する稀有なキャリアこそ、池田瑛紗という人物を理解するうえで重要なポイントだ。冠番組などで見せるユーモア溢れる一面や、ファンとの温かなコミュニケーションとのギャップも、その魅力をさらに際立たせている。
そんな彼女が、どのような少女時代を過ごし、どんな青春を送ってきたのか。ここからは、幼少期から中学・高校時代、そして美術との出会いまで、そのルーツをたどっていきたい。
幼少期・学生時代:知性と感性が育まれた軌跡
幼少期:「透明」への疑問と「そら豆娘」
東京都で生まれ育った池田瑛紗。
現在はアイドルとしてステージに立つ一方、東京藝術大学で美術を学ぶ彼女だが、その独特の感性は幼い頃から少しずつ育まれていたようだ。
本人の公式ブログには、幼少期に車の助手席を「特等席」として気に入っていたこと、そして「東名高速道路は何故透明じゃないんだろうか?」と疑問に思っていたという、なんとも池田らしいエピソードが綴られている。
大人にとっては当たり前に見えるものにも、「どうして?」と立ち止まって考える。
そんな幼い頃の好奇心は、後に彼女が美術の世界へ進んでいくことを考えると、どこか象徴的にも映る。
さらに2026年5月には、自身のInstagramで幼少期の写真を公開。そら豆の皮をむいている幼い頃の姿とともに「そら豆娘より」と投稿し、ファンからも反響を集めた。
現在の洗練された姿からは想像しにくい、あどけない「そら豆娘」。
こうした飾らない幼少期の姿を本人自ら届けることも、池田がファンから親しまれる理由の一つなのだろう。
4歳から11歳まで続けたクラシックバレエ
幼少期の池田を語るうえでは、クラシックバレエも欠かせない。
本人の公式ブログによると、4歳から11歳までの7年間にわたってバレエを習っていた。
現在の池田といえば、絵画やデザイン、言葉を使った独自の表現に注目が集まりがちだ。しかし、幼い頃から身体を使って表現する経験を積んでいたことを考えると、彼女の表現に対する感覚には、長い時間をかけて培われてきたものがあるのかもしれない。
アイドルとしてステージに立つ現在も、その佇まいや所作には独特の美しさがある。
幼少期のバレエ経験もまた、表現者としての池田を形作る土台の一つになっているのだろう。
学生時代:学びの中で育まれた美術への憧れ
中学・高校時代を過ごした池田は、学業と向き合いながら、自身の興味や感性を少しずつ深めていった。
そして、彼女の人生を語るうえで忘れられないのが、後に東京藝術大学を目指すことになる「美術」との関係だ。
高校時代の池田には、後の進路につながる美術への強い関心があった。アイドルになることを最初から目指していたわけではない。まずは美術の道を志し、そのための受験生活へと進んでいく。
そんな彼女の学生時代には、後から振り返れば運命的とも思える出来事もあった。
高校の掲示板に貼られていた「乃木坂46」
本人の公式ブログで明かされているのが、高校時代に乃木坂46との思わぬ接点があったというエピソードだ。
学校の掲示板には、乃木坂46の楽曲「今、話したい誰かがいる」のビジュアルを使用した、いじめ防止キャンペーンのポスターが貼られていた。
当時の池田は、そこに写っている人たちが乃木坂46のメンバーだとは知らなかったという。それでも、その姿を見て「可愛いな」と思いながら眺めていた。
まさか数年後、自分自身がそのグループのメンバーとして活動することになるとは、もちろん当時の池田は知る由もない。
一人の少女が何気なく眺めていたポスター。その数年後、その少女自身が乃木坂46の制服を着てステージに立つ。
そう考えると、このエピソードには不思議な巡り合わせを感じさせられる。
浪人生活、そして人生を変えた「乃木坂46」という存在
高校卒業後、池田は美術大学への進学を目指して浪人生活に入る。
美術の道を志し、受験に向けて努力を重ねる日々。その一方で、乃木坂46という存在が少しずつ彼女の人生に近づいていった。
本人は後のインタビューなどで、自身も浪人中だった時期に乃木坂46の5期生オーディションを受けたことを明かしている。また、先輩メンバーの松村沙友理が浪人中に乃木坂46のオーディションを受けたというエピソードを知っていたことも、彼女の挑戦を考えるうえで興味深い。
美術大学を目指す浪人生だった少女が、アイドルというまったく異なる世界へ踏み出す。
この時点ではまだ、「東京藝術大学」と「乃木坂46」という二つの道が、後に池田瑛紗という一人の表現者の中で交差することになるとは誰も知る由もなかった。
そして、人生の進路を大きく変えることになったのが、友人からのある一言だった。
そこから池田瑛紗は、乃木坂46の5期生オーディションという未知の扉を開いていく。
アイドルへの扉:友人の勧めから5期生へ
友人の一言から始まった、人生を変える挑戦
高校卒業後、美術大学への進学を目指して浪人生活を送っていた池田瑛紗。
そんな彼女のもとに、乃木坂46の5期生オーディションという思いがけないチャンスが訪れる。
応募のきっかけとなったのは、友人からの勧めだった。
もともと美術の道を目指していた池田にとって、アイドルは決して最初から予定していた進路ではない。
それでも「受けてみよう」と一歩を踏み出したことで、彼女の人生は大きく動き始める。
2021年に開催された5期生オーディションには、8万7,852人もの応募が集まった。最終的に選ばれたのはわずか11人。倍率は約7,987倍に及ぶ。
池田は、その狭き門をくぐり抜けた一人だった。
「まさか自分が」――異例の形で決まった乃木坂46加入
オーディションでは、まさか自分が合格するとは思っていなかったという池田。
2022年6月に出演した文化放送『乃木坂46の「の」』では、合格を知らされた際の様子についても語っている。最終審査後、5期生は一人ずつ部屋に呼ばれ、先に戻ってきた五百城茉央から「合格したよ〜!」と伝えられたという。
池田は後に、オーディションに応募したこと自体が浪人中の出来事だったと振り返っている。
つまり当時の彼女は、「アイドルになるために上京してきた少女」ではない。
美術の道を目指して勉強していた一人の浪人生が、友人の一言をきっかけにオーディションへ挑戦し、そこから乃木坂46のメンバーになる道を歩み始めた。
その偶然性こそが、池田瑛紗の物語をより興味深いものにしている。
5期生として、少し遅れて始まったアイドル人生
5期生としての池田の歩みは、ほかのメンバーとは少し異なるスタートになった。
2022年2月23日に開催された「5期生お見立て会」には、学業などの事情から参加していない。その後、3月19日に乃木坂46公式YouTubeチャンネル「乃木坂配信中」で紹介映像が公開され、5期生として初めてファンの前に姿を見せた。
5期生の存在が世間を大きく騒がせていたなかで、池田のお披露目は他のメンバーより後になった。
しかし、その遅れを感じさせないほど、公開された瞬間から大きな注目を集める。
端正なビジュアルに加えて、どこか不思議な空気をまとった独特の存在感。さらに、絵を描くことが好きだという個性も相まって、「この子は一体どんな人なのか」と興味を抱かせる魅力があった。
4月29日には本人による公式ブログもスタート。
そこで池田は、趣味として「絵を描くこと」「漫画を読むこと」を挙げ、自身の好きな作品を大量に紹介するなど、早くも独自の世界観を覗かせている。
美術を志していた浪人生から、乃木坂46の5期生へ。
ただ「アイドルになった」という一言では収まりきらない池田瑛紗の物語は、ここからさらに大きな展開を迎えていく。
そして彼女は、アイドルとして活動しながら、もう一つの夢を手放さなかった。
それが、何度も挑戦してきた東京藝術大学への進学だった。
アイドルと学業の両立:2浪の末につかんだ東京藝術大学
乃木坂46の5期生として活動を始めた池田瑛紗には、もう一つ、決して手放さなかった夢があった。
それが、東京藝術大学で美術を学ぶことだった。
池田は2023年3月、自身の公式ブログで、同年4月から東京藝術大学へ進学することを発表した。
そこには、学生の頃から憧れ、何度も挑戦し続けてきた場所だったこと、そして乃木坂46のオーディションに応募したのも浪人中の出来事だったことが綴られている。
乃木坂46と藝大受験、どちらも諦めなかった
普通なら、どちらか一つを選ぶことさえ難しい。
アイドルとしての活動が始まれば、レッスン、撮影、ライブ、メディア出演などで時間は瞬く間に埋まっていく。
それでも池田は、美術を学ぶという目標を手放さなかった。
本人のブログによれば、受験を続けるためにマネージャーやスタッフが変則的なスケジュールを組み、周囲も支えてくれたという。
乃木坂46として活動しながら、自分自身が長く追い続けてきた夢にも挑み続けた。
そして2023年春、ついに東京藝術大学への進学を実現する。
ここで興味深いのは、池田にとって乃木坂46と美術が、最初から別々の道ではなかったことだ。
後のインタビューでは、アイドル活動と大学での美術の学びについて「分けたことがない」と語り、乃木坂46で得た経験がアートに生き、大学で学んだことが乃木坂46での表現にもつながっていると話している。
アイドルでありながら美術を学ぶのではない。
美術を学ぶ自分も、アイドルとして表現する自分も、どちらも「池田瑛紗」なのだ。
その姿勢こそが、彼女の活動を唯一無二のものにしている。
現在も東京藝術大学に在学しながら乃木坂46のメンバーとして活動を続ける池田は、アイドル、アート、そして一人の表現者という複数の顔を少しずつ重ね合わせてきた。
だからこそ、彼女を単純に「高学歴アイドル」という言葉だけで括ることはできない。
学び続けることと、表現し続けること。
その二つを自分の中でつなぎ合わせながら、池田瑛紗は乃木坂46の中でも独自の存在感を築いていく。
アイドルとしての飛躍:センター抜擢から表題曲センターへ
乃木坂46の5期生として加入してから、池田瑛紗は着実に存在感を高めてきた。
その歩みを象徴するのが、アイドルとしての「センター」と、藝大生としての「アート」という二つの領域で、自分自身の表現を広げてきたことだ。
初めてのセンター曲『心にもないこと』
最初の大きな転機となったのが、32ndシングル『人は夢を二度見る』に収録された5期生楽曲『心にもないこと』だった。
池田にとって初めてのセンター曲となったこの楽曲は、MVのコンセプトに「日常とアートの融合」を掲げ、アートへの造詣が深い彼女の個性とも重なる作品に仕上がっている。
美術作品を思わせる空間の中で、池田がセンターとして存在感を放つ姿は、彼女が持つ「アイドル」と「アート」という二つの顔を強く印象づけた。
単に「藝大に通っているからセンターになった」と考えるのは、少し違うだろう。
ステージで見せる表情や独特の存在感、そして言葉やビジュアルを自分なりの感性で捉える力。
『心にもないこと』は、池田瑛紗というメンバーが持つ個性を、5期生楽曲という形で初めて大きく打ち出した一曲だったのではないだろうか。
初の表題曲センター『最後に階段を駆け上がったのはいつだ?』
そして2026年、池田はさらなる大きな転機を迎える。
41stシングル『最後に階段を駆け上がったのはいつだ?』で、ついに乃木坂46の表題曲センターに初めて抜擢された。
2026年4月8日に発売された同作で、5期生の池田がグループの中心に立つことが正式に発表された。
『心にもないこと』で5期生の中心に立ったのが2023年。
そこから約3年を経て、今度は乃木坂46全体の表題曲を背負うポジションへと進んだことになる。
これは、池田が積み重ねてきた時間を考えると、非常に大きな意味を持つ抜擢だ。
東京藝術大学で美術を学びながら、乃木坂46の活動にも向き合ってきた彼女だからこそ、今回のセンターには単なるポジション以上の重みがある。
センター発表時、池田自身も「ずっとその背中を見せ続けてきてくれた先輩方の姿がある」と語り、選ばれたからには精一杯頑張りたいという決意を示した。
5期生として加入した少女が、グループの先輩たちの背中を追いかけながら、ついには自分自身がその場所に立つ。
その過程こそ、池田瑛紗というアイドルの現在地を物語っている。
美術・メディアで広がる池田瑛紗の表現世界
池田の活動を語るうえで、センター抜擢と同じくらい重要なのが、美術の世界での歩みだ。
TOKYO MX『小峠英二のなんて美だ!』では、バイきんぐ・小峠英二、アートディレクターの中谷日出とともにアートの魅力を伝えるMCを担当。
藝大で学ぶ知識を持ちながらも、視聴者と同じ目線から作品の面白さを掘り下げていく姿が、番組の大きな魅力になっている。
さらに2023年には、渋谷芸術祭の「ハチ公生誕100周年」企画にも参加した。
現役の藝大生であり、乃木坂46のメンバーでもある池田がアート作品を通して街と関わったことは、彼女の活動領域がアイドルの枠を越えて広がっていることを象徴する出来事だった。
そして2025年には、自身初となる個展『Wings:あひるの夢』を開催。
神保町のNew Galleryで開かれたこの展覧会は、これまで乃木坂46の活動の中で綴ってきた自身のブログを題材に、それらを映像、写真、テキスト、ドローイングなどさまざまな手法で再構築するという、非常にユニークな試みだった。
つまり池田にとって、ブログも、ステージも、美術作品も、すべてが「自分の目に映った世界を誰かに伝える」ための表現なのかもしれない。
アイドルとして発信してきた言葉そのものを、今度はアーティストとして作品へと変えていく。
この発想にこそ、池田瑛紗という表現者の面白さがある。
アイドルとアートを別々の活動として捉えるのではなく、その二つを行き来することでしか生まれない表現を追求しているからだ。
アイドルとアートの境界線を越えて
オーディションをきっかけに乃木坂46へ加入した少女は、やがてアイドルと美術、そのどちらか一方だけでは語りきれない存在へと歩みを進めていった。
ステージでは、楽曲の世界観を自分自身の表情や身体で表現する。
そしてキャンバスの前では、自分の目に映った世界を別のかたちへと変換していく。
そこにあるのは、肩書きを増やすことそのものではない。
「自分が感じたものを、どう表現するか」を追い続ける姿勢だ。
東京藝術大学での学びを経て、2025年には初個展『Wings:あひるの夢』も開催した。
アイドルとしての日常や自身の言葉を、映像、写真、テキスト、ドローイングなどさまざまな表現へと広げたその試みは、池田瑛紗という一人の表現者を改めて印象づけるものとなった。
池田瑛紗の面白さは、「アイドルなのに美術もできる」という意外性だけではない。
アイドルとして過ごした時間も、藝大で積み重ねた経験も、彼女の中では決して別々のものではない。
その二つが交差するからこそ生まれる表現こそが、池田瑛紗という人物の現在地なのではないだろうか。
アイドルであることも、アーティストであることも、そのどちらかを選ぶ必要はない。
乃木坂46のステージで輝きながら、そこから持ち帰った言葉や感情を、今度は別の表現へと変えていく。
池田瑛紗は、その境界線を越えながら、自分だけの表現を探し続けている。
これから池田瑛紗がどんな景色を見つめ、どんな表現へと変えていくのか。
その答えは、きっと彼女自身が次のステージで描いていくのだろう。


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