乃木坂46の歴史を振り返ったとき、グループが育んできた「透明感」や「可憐さ」、そしてその奥に潜む繊細な感情を象徴する存在の一人として、遠藤さくらの名前を挙げることができる。
愛知県名古屋市で育ち、物静かな佇まいと柔らかな存在感を持ちながら、ステージに立つと楽曲の世界を静かに、しかし確かな強度で背負ってきた4期生。遠藤さくらが乃木坂46に加入してから現在に至るまでの軌跡は、単純なアイドルの出世物語ではない。
2018年末にかけて、4期生としてグループに加入。
そこからわずか数カ月で4期生楽曲のセンターに立ち、24thシングル「夜明けまで強がらなくてもいい」では、初選抜にして表題曲センターという大役を任された。
その後も27thシングル「ごめんねFingers crossed」、34thシングル「Monopoly」、37thシングル「歩道橋」で表題曲センターを務める一方、モデルとして『non-no』の専属モデルを務め、俳優としても『もしも、イケメンだけの高校があったら』『らんまん』『トラックガール』『引っ越し探偵サクラ』『書店員探偵サクラ』などに出演してきた。
そして2026年。
42ndシングル「是非に及ばず」では一ノ瀬美空がセンターを務めるなど、乃木坂46の中心軸は次の世代へと広がり始めている。そのなかで遠藤は、かつての「次世代のエース候補」ではなく、すでに大きな経験を積んだメンバーとして、後輩たちとともに新しい乃木坂46を形作る側にいる。
遠藤さくらの現在地を理解するためには、彼女がどれだけセンターを務めたかだけを見るのでは足りない。
むしろ、センターという重責を何度も経験した彼女が、そこからどのように表現の幅を広げてきたのか。
その変化こそが、遠藤さくらという表現者の本質なのかもしれない。
1. 名古屋で育った少女――静かな原風景と音楽への距離
遠藤さくらは2001年10月3日、愛知県名古屋市に生まれた。
幼少期から芸能界を目指していたわけではない。
むしろ、本人が語ってきた学生時代の姿は、現在の華やかな活動から想像するイメージとは少し違う。
人前に出て自分を強く主張するタイプではなく、どちらかといえば控えめ。
そんな少女が、後に数万人規模の観客の前に立ち、乃木坂46の表題曲センターを何度も務めることになる。
その人生の背景には、音楽の存在があった。
遠藤の父親は、かつてラジオのディレクターとして音楽に携わっていた人物として知られている。
名古屋のラジオ局で音楽を担当していた父親が、インディーズ時代のコブクロの楽曲「桜」をよく流していたことが、彼女の名前の由来につながったというエピソードもある。
「さくら」という名前には、音楽の仕事をしていた父親とのつながりが刻まれている。
これは、遠藤さくらという人物を考えるうえで象徴的なエピソードだ。
彼女自身が幼いころから芸能界を目指していたわけではないとしても、音楽というものは決して遠い存在ではなかった。
また、学生時代には吹奏楽部に所属していた。
後に写真集『可憐』の撮影で名古屋を訪れた際には、吹奏楽部時代に何度も足を運んだセンチュリーホールなど、自身の記憶と結びついた場所でも撮影を行っている。
華やかな現在の姿だけでは見えてこない、名古屋で過ごした普通の少女時代。
その穏やかな原風景が、現在の遠藤さくらが持つ独特の静けさの根底にある。
2. 「変わりたい」という思い――坂道合同オーディションへの挑戦
そんな遠藤の人生を大きく変えたのが、2018年に開催された「坂道合同新規メンバーオーディション」だった。
乃木坂46、欅坂46、けやき坂46の新メンバーを募集する大規模なオーディション。
遠藤はその挑戦を経て合格を勝ち取り、乃木坂46の4期生となった。
それまでの彼女を知る人々にとって、この決断は大きな変化だった。
控えめで、人前に出ることを得意としていたわけではない少女が、自らオーディションを受け、芸能界へと足を踏み入れたのである。
2018年12月、4期生は日本武道館で行われた「乃木坂46 4期生お見立て会」でファンの前に初めて姿を見せた。
遠藤さくらにとって、そこが乃木坂46としての出発点だった。
まだ何者でもない。
しかし、その後の歴史を知る現在の視点から振り返れば、そこにはすでに、後にグループの中心を担う存在になる少女が立っていた。
3. 4期生の中心から、いきなり表題曲センターへ
遠藤さくらのキャリアを語るうえで、最も特徴的なのは、そのスピードだ。
2019年5月、4期生楽曲「4番目の光」でセンターを務める。
加入からまだ半年ほど。
しかも、4期生単独ライブなどを通じて、遠藤は早くから4期生の中心的な存在として存在感を強めていった。
そして、そのわずか数カ月後。
24thシングル「夜明けまで強がらなくてもいい」で、遠藤は初選抜にして初センターに抜擢された。
当時17歳。
4期生から初めて表題曲センターに選ばれたメンバーとなった。
これは、単なる「新人の抜擢」ではなかった。
乃木坂46には、白石麻衣、西野七瀬、生田絵梨花、齋藤飛鳥ら、すでに大きな歴史を築いてきた先輩たちがいた。
そのなかで、加入から間もない4期生の少女がグループの表題曲の中央に立つ。
そこには当然、大きなプレッシャーが伴う。
遠藤自身も、センターという役割に戸惑いながら活動していた。
しかし、「夜明けまで強がらなくてもいい」という楽曲が持つ、若者の不安や葛藤、弱さを抱えながら前へ進もうとする世界観は、遠藤の持つ繊細な佇まいと不思議なほど重なった。
大きな声で感情をぶつけるのではない。
派手な動きで観客を圧倒するのでもない。
静かな表情の奥に感情を滲ませる。
その表現が、楽曲の世界を成立させていた。
この時期の遠藤さくらは、まだ完成されたエースではなかった。
だからこそ、彼女が持つ「未完成であることの美しさ」が、楽曲の世界観と強く響き合ったのだろう。
4. センターを経験することで、表現は変わっていった
初センターを経験した後も、遠藤の歩みは止まらなかった。
ただし、彼女のキャリアを「センターを務め続けた」という一言だけで語るのは正確ではない。
25thシングル「しあわせの保護色」では選抜(3列目)、26thシングル「僕は僕を好きになる」では選抜メンバーとして活動。
27thシングル「ごめんねFingers crossed」で再びセンターを務めた後、28thシングル「君に叱られた」29thシングル「Actually…」でも選抜入りを果たした。
この「Actually…」では5期生の中西アルノがセンターを務めており、遠藤はセンターではない。
ここは、彼女のキャリアを考えるうえで重要なポイントでもある。
乃木坂46のセンターは、一人のメンバーが永続的に担うポジションではない。
世代が変わり、楽曲が変わり、グループが変わるたびに、その中央に立つ人物も変化する。
遠藤もまた、その流れのなかでさまざまなポジションを経験していった。
そして2021年、27thシングル「ごめんねFingers crossed」で再び表題曲センターを務める。
初センターから約2年。
一度大役を経験したからこそ、そこには2019年とは異なる遠藤の姿があった。
初々しさだけではない。
センターとしてステージに立つことへの覚悟が、少しずつ表情に刻まれていった。
5. 賀喜遥香とのWセンター――4期生が背負った乃木坂46
遠藤さくらのキャリアにおいて、2023年の34thシングル「Monopoly」は大きな意味を持つ。
この曲で遠藤は、同じ4期生の賀喜遥香とWセンターを務めた。
2018年に加入した4期生。
ともに乃木坂46の中心メンバーへと成長してきた二人が、表題曲の中央に並んだ。
遠藤と賀喜は、同じ4期生でありながら、表現の方向性は大きく異なる。
賀喜が明るさや力強さ、躍動感を前面に押し出すタイプだとすれば、遠藤は静けさや繊細さのなかに感情を宿す。
その二人が並ぶことで、「Monopoly」という楽曲には独特のコントラストが生まれた。
ここでの遠藤は、もはや「期待の新人」ではない。
乃木坂46の歴史を知り、その歴史を次の世代へとつないでいく立場にいた。
4期生として加入した少女たちが、いつしかグループを支える側へ。
遠藤さくらの成長は、4期生という世代そのものの成長とも重なっていた。
6. 「歩道橋」で再び中央へ――静けさのなかに宿る強さ
そして2024年。
37thシングル「歩道橋」で、遠藤は再び単独センターに立った。
「夜明けまで強がらなくてもいい」から始まったセンターとしての歩みは、ここで新たな段階へと入る。
17歳だった少女が、20代半ばの表現者へ。
同じ人物が中央に立っていても、そこに映るものは大きく変わっていた。
かつての遠藤には、危うさがあった。
何を考えているのか、その表情からすべてを読み取ることができない。
しかし、その「分からなさ」こそが彼女の魅力でもあった。
年月を重ねた現在の遠藤には、そこに確かな意志が加わっている。
感情を大きく爆発させなくても、視線や立ち姿だけで楽曲の空気を変える。
それは、センターを何度も経験してきたからこそ身についた表現力なのだろう。
遠藤さくらの魅力は、派手さではない。
むしろ、派手さを必要としないところにある。
7. アイドルの外へ――モデルとして広がった表現
遠藤さくらの表現者としての成長を考えるとき、乃木坂46の活動だけを見ることはできない。
2020年から『non-no』の専属モデルを務め、ファッションの世界でも活動を続けている。
乃木坂46のステージとは異なる場所で、遠藤は別の表情を見せてきた。
ランウェイでは、楽曲を背負う必要はない。
歌う必要もない。
ただ歩き、服を着こなし、自分自身の存在で視線を集める。
アイドルとして培った表現力を、ファッションという異なるフィールドへ持ち込むことで、遠藤さくらという人物の輪郭はさらに広がった。
2026年現在も『non-no』での活動は続いており、乃木坂46のメンバーとしてだけではなく、モデルとしてのキャリアも継続している。
8. 俳優・遠藤さくら――「静かな演技」が生む余白
映像の世界でも、遠藤は着実に経験を重ねてきた。
2022年にはテレビ朝日系ドラマ『もしも、イケメンだけの高校があったら』で桜井カンナ役を演じた。
2023年にはNHK連続テレビ小説『らんまん』に槙野千歳役で出演。
さらに、FODの『トラックガール』では主人公・鞍手じゅん役を務め、2025年には続編『トラックガール2』でも主演を続投した。
2024年にはテレビ東京系で『引っ越し探偵サクラ』、さらに『書店員探偵サクラ』で天道サクラ役を演じている。
これらの作品で注目したいのは、遠藤がアイドルとしての華やかさをそのまま演技に持ち込むのではなく、役柄に合わせて表情やテンポを変えていることだ。
特に彼女は、感情を大きく説明するタイプの演技よりも、視線や間、声のトーンなど、抑制された表現に強みを持つ。
それは、ステージ上で培ってきた彼女の表現とも通じる。
「何もしていないように見えるのに、なぜか目が離せない」。
遠藤さくらの俳優としての魅力は、そこにある。
9. 写真集『可憐』――21歳の遠藤さくらを記録した一冊
2023年10月3日に発売された1st写真集『可憐』は、遠藤さくらという人物を考えるうえで欠かせない作品だ。
撮影地として選ばれたのは、沖縄と故郷・名古屋。
単なるグラビア作品ではなく、自身の現在と過去をつなぐ場所が舞台となった。
名古屋では、幼いころから過ごしてきた街、そして吹奏楽部時代の記憶につながる場所を訪れた。
一方の沖縄では、これまでの遠藤さくらとは異なる、開放的な表情も撮影された。
タイトルの『可憐』には、遠藤自身が思い描く女性像への思いが込められている。
「可憐」という言葉が持つ、繊細さ、可愛らしさ、そしてどこか儚い響き。
それは、遠藤さくらという表現者が持つイメージとも重なる。
そして、この写真集は数字の面でも大きな結果を残した。
初週売上は11万6,000部。
オリコン週間BOOKランキングの写真集ジャンルで初登場1位を獲得し、2023年度の同ジャンル週間売上でも2位となった。
数字は、彼女が乃木坂46のファンだけに支えられた存在ではなく、写真集という作品そのものに大きな需要があったことを示している。
ただし、『可憐』の価値は売上だけではない。
アイドルとして成長してきた遠藤さくらが、21歳という時期に何を見つめ、どんな表情を見せていたのか。
その一瞬を記録したことに、この作品の大きな意味がある。
10. 2025年、そして2026年――「センターではない現在」が示すもの
遠藤さくらを2026年現在の視点から語るなら、ここを避けて通ることはできない。
遠藤は、2024年の37thシングル「歩道橋」でセンターを務めた。
しかし、その後のすべての作品でセンターに立っているわけではない。
2025年の39thシングル「Same numbers」では賀喜遥香がセンターを務め、遠藤は選抜メンバーとして参加。
その後もグループの中心メンバーとして活動を続けている。
さらに、2026年の42ndシングル「是非に及ばず」では一ノ瀬美空がセンターを務めた。
これは、遠藤の存在感が失われたことを意味するものではない。
むしろ、乃木坂46そのものが次の段階へ進んでいることの表れだ。
遠藤さくらがセンターを務めた2019年と、2026年の乃木坂46は同じではない。
4期生が加入した時代から、5期生、そして6期生が加わった現在へ。
グループの中心は一人から複数へ、そして世代をまたいだものへと変化している。
そのなかで遠藤は、後輩たちに中央のポジションを譲りながらも、なお選抜の中心に位置し続けている。
これは、むしろ一人の「エース」がグループを引っ張る時代から、複数の表現者がそれぞれの場所で乃木坂46を支える時代へ移ったことを示しているのではないか。
遠藤さくらは、その変化を象徴する存在の一人である。
11. 「儚さ」は、弱さではない
遠藤さくらを語るとき、「透明感」「儚さ」という言葉はどうしてもついて回る。
しかし、それだけでは彼女の現在を説明できない。
加入当初の遠藤には、確かに「儚さ」があった。
まだ経験の少ない少女が、巨大なステージの中央に立つ。
その姿には、危うさと美しさが同居していた。
しかし、現在の遠藤にあるのは、単なる儚さではない。
何度もセンターを経験し、モデルとしてランウェイを歩き、俳優として別の人物を演じ、写真集で自分自身と向き合ってきた。
そうした経験を積み重ねたことで、彼女の静けさには「強さ」が加わった。
大きな声を出さなくても伝わる。
激しく動かなくても視線を集める。
感情をすべて説明しなくても、その余白が見る側の想像力を刺激する。
それこそが、遠藤さくらという表現者が持つ最大の武器なのだろう。
結びにかえて:遠藤さくらが切り拓く、その先の景色
2018年。
名古屋で暮らしていた少女は、坂道合同オーディションを経て乃木坂46の4期生になった。
2019年。
4期生楽曲「4番目の光」でセンターに立ち、わずか数カ月後には「夜明けまで強がらなくてもいい」で表題曲センターを務めた。
2021年には「ごめんねFingers crossed」。
2023年には賀喜遥香と「Monopoly」でWセンター。
2024年には「歩道橋」で再び単独センター。
その間には、モデルとしての活動があり、俳優としての挑戦があり、そして写真集『可憐』という一冊もあった。
何度も中央に立ったからこそ、中央に立たない時間にも意味が生まれる。
2026年現在、乃木坂46のセンターには一ノ瀬美空をはじめ、新たな世代のメンバーたちが立っている。
それでも、遠藤さくらの存在感は消えない。
むしろ、自分自身が常に中央に立つのではなく、後輩たちとともに新しいグループを作っていく現在だからこそ、これまで積み重ねてきた経験が大きな意味を持つ。
乃木坂46は、変わり続ける。
メンバーが変わり、楽曲が変わり、時代が変わる。
そのなかで、遠藤さくらもまた変わっていく。
かつては「儚さ」そのものだった少女が、いまではその儚さを武器に変え、静かな強さをまとった表現者になった。
狂騒のただなかにいても、自分の速度を失わない。
大きな声を上げなくても、確かに人の心に残る。
それが遠藤さくらという存在なのだ。
センターという場所を何度も経験した彼女が、これからどこへ向かうのか。
その答えは、まだ決まっていない。
だからこそ面白い。
乃木坂46の未来には、新しい才能たちが次々と咲いていく。
その景色のなかで、遠藤さくらはこれからも、自分だけの静かな光を放ち続けるだろう。
儚さと強さ。
静けさと狂騒。
そのあいだで揺れながら、それでも確かに前へ進む。
遠藤さくらの物語は、まだ終わっていない。


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