乃木坂46の歴史において、世代交代の波を力強く押し進め、グループの現在地を決定づけてきた存在である4期生・賀喜遥香。
端正なルックスと抜群のスタイル、見る者を一瞬で惹きつけるパフォーマンス力、そして何より絵を描くことを愛する純粋な心と、どこか謙虚で繊細な人柄。彼女が歩んできた道のりは、決して平坦なものではなく、葛藤と不断の努力、そしてそれを包み込む深いファンやメンバーへの愛に満ちていた。
本稿では、賀喜遥香という表現者の原点から、グループの看板を背負うに至るまでの鮮烈な転換点を、本人の発言や公式情報、信頼できるメディアの取材記事などをもとに紐解いていく。
1. 原風景と素顔:大阪に生まれ、栃木で育った少女のルーツ
2001年8月8日、大阪府で生を受けた賀喜遥香は、その後父親の転勤に伴い、小学校5年生のときに栃木県へと引っ越した。2歳下の弟がおり、幼少期から家族に支えられながら、のびのびと感性を育んでいった。
幼少期から「絵を描くこと」が好きで、アイドルになる以前にはアニメーターを目指していた時期もあった。アニメを見る際にもストーリーだけでなく、イラストや作画に目が向くほど絵への関心が強く、その豊かな画力は、のちに乃木坂46加入後のさまざまな場面でも発揮されていくこととなる。
学生時代に目を向けると、中学生時代にはバスケットボール部に所属。身長が高かったことからセンターを任され、中学から高校までバスケットボールに打ち込んだ経験を持つ。本人自身、後に「私の人格を作ってくれたのはバスケ」と語っており、バスケットボールとの出会いは、彼女の成長を語るうえで欠かせないものとなっている。
勉強や部活動、そして絵に真摯に向き合うごく普通の少女。その一方で、内側には、自分の世界を形にしていく強い表現欲求が育まれていた。
2. 運命の坂道:オーディション応募の裏側と4期生としての胎動
彼女が乃木坂46の門を叩いたのは、2018年に開催された「坂道合同オーディション」だった。
当時の賀喜にとって、このオーディションは単なる芸能界への憧れだけから生まれた挑戦ではなかった。本人は後に、「何にもない毎日を変えたかった」と当時の思いを振り返っている。また、自分に自信がなく、自分自身を変えたいという気持ちも、オーディションに挑戦する大きな理由の一つだった。
栃木から東京へ通っていた当時、賀喜は一人で電車に乗ることにも不安があり、母親が1次審査から最終審査まで付き添ってくれたという。母親は審査の合間に東京の神社を巡り、「娘が受かりますように」と願い、お守りを買って渡してくれた。
2018年8月19日に合格が発表され、同年12月のお見立て会でステージデビューを果たした4期生たち。
右も左もわからないグループ活動のなかで、賀喜は同期のまとめ役としての存在感を見せていく。しっかりとした気配りと、周囲を見渡す客観的な視点。2019年のインタビューでも、4期生のまとめ役という一面が紹介されており、加入当初から彼女が同期のなかで重要な役割を担っていたことがうかがえる。
3. 飛躍の予感:「I see…」で見せた圧倒的な光と初期の試練
加入から間もなく、彼女の才能は運営やファンの予想を超えるスピードで開花する。
乃木坂46の24thシングル「夜明けまで強がらなくてもいい」(2019年)において、加入間もない4期生でありながら初めて表題曲の選抜メンバーに選ばれ、1列目のフロントメンバーに抜擢された。遠藤さくらがセンターを務める楽曲のフロントに立ち、同期の先頭に立つ役割をいきなり担うことになったのだ。
しかし、その道のりは決して順風満帆ではない。4期生として活動を始めたばかりの頃から、賀喜は自分の力不足を感じ、涙を流した経験もあったと後に振り返っている。華やかなステージの裏側には、期待に応えようとする一人の少女の葛藤があった。
そんな彼女にとって、大きなターニングポイントの一つとなったのが、4期生楽曲「I see…」(2020年)でのセンター起用だった。
弾けるような笑顔と、楽曲の世界観を全身で表現するパフォーマンス。「I see…」は、賀喜遥香の持つ明るさや躍動感を強く印象づける楽曲となり、ミュージックビデオやライブパフォーマンスを通じて、多くのファンから支持を集めた。
「夜明けまで強がらなくてもいい」で見せた緊張感のある表情とは対照的に、「I see…」では自由に弾ける賀喜の魅力が前面に出た。
この楽曲を通じて、賀喜遥香は単にビジュアル面で注目されるメンバーではなく、笑顔と身体全体を使った表現によって楽曲を成立させる存在として、その可能性を大きく広げていった。
4. 覚悟のセンター:28thシングル「君に叱られた」がもたらした境地
そして、彼女のアイドル人生における最大の転換点の一つが訪れる。
2021年9月22日にリリースされた乃木坂46の28thシングル『君に叱られた』において、賀喜遥香はグループの表題曲センターに初めて抜擢された。
選抜発表を受けた彼女は、単純な喜びだけではなく、大きな不安とプレッシャーを抱えていた。後のインタビューで、賀喜は「なんで私なのか」と考え、逃げ出したくなるほどのプレッシャーを感じていたことを率直に語っている。
そこには、先輩たちが築き上げてきた乃木坂46の歴史を背負うことへの重圧と、自分がその中心に立つことへの戸惑いがあった。
しかし、彼女はそのプレッシャーから逃げなかった。
グループを卒業していく先輩たちから受け取った言葉、支え合う同期、そして彼女のひたむきな姿を見守るファン。さまざまな人から受け取った思いを力に変えながら、賀喜はセンターという役割と向き合っていった。
レギュラーを務めていたラジオ番組『SCHOOL OF LOCK!』内の「乃木坂LOCKS!」などでも、自身の言葉で誠実にリスナーやファンへ想いを伝え続けた。
曇りのない歌声、見る者の心を晴れやかにする笑顔、そして楽曲の世界観を全身で伝えるパフォーマンス。
『君に叱られた』でのセンター経験は、賀喜遥香にとって、単に人気メンバーとしてステージに立つことと、グループを背負う立場としてステージに立つことの違いを実感する大きな経験になった。
その後、30thシングル『好きというのはロックだぜ!』(2022年)でも再び表題曲センターを務める。
初めてのセンターでは「どうしたら上手にできるんだろう」と自分のことで精一杯だった彼女も、2度目のセンター経験ではその教訓を生かし、周りのメンバーの様子にも目を配り、周囲からのアドバイスを柔軟に吸収しながら、自ら考えて動けるようになった。
「変われてる、自分。ちょっと成長できてる」。
そう実感できる瞬間を増やしながら、彼女は自身のネガティブな気持ちを、前へ進むためのエネルギーへと変えていった。
そして2022年6月7日には、『乃木坂46賀喜遥香1st写真集 まっさら』を発売。
宮古島と東京という対照的な舞台で撮影された写真集では、20歳ならではの少女のあどけなさと、大人の女性としての表情、その両方が切り取られた。
発売後も大きな反響を呼び、「オリコン年間BOOKランキング2022」のジャンル別「写真集」で1位を獲得。期間内売上は約18.8万部に達し、賀喜遥香個人としての大きな求心力を証明する結果となった。
そして彼女のセンターとしての歩みは、ここで終わらなかった。
2025年7月に発売された39thシングル「Same numbers」では、再び表題曲センターを担当。加入から数年を経て、賀喜遥香は4期生の中心メンバーというだけでなく、乃木坂46の現在を担う存在として、改めてその存在感を示すことになった。
5. 賀喜遥香の魅力の本質:愛される理由とこれからの未来
賀喜遥香の魅力を語るうえで、華やかなルックスや高いパフォーマンス力だけを見ることはできない。
むしろ大きな特徴は、どれだけ注目を集める立場になっても、自分自身の弱さや不安を隠そうとしないところにある。
センターに選ばれた際には「なんで私なのか」と悩み、プレッシャーから逃げ出したくなった。それでも、周囲の支えを受けながら一歩ずつ前へ進んだ。
さらに、2度目のセンター経験では、初めてセンターを務めたときには持てなかった余裕が生まれ、周囲のメンバーを見ることができるようになった。
そこにあるのは、最初から何もかも完璧だったアイドルの姿ではない。
迷い、悩み、自信を失いながらも、そのたびに自分自身と向き合い、少しずつ前へ進んできた一人の表現者の姿だ。
絵を描くことへの変わらぬ情熱、メンバーに対するリスペクト、そしてファンに対して誠実に向き合おうとする姿勢。
そうしたものが積み重なった先に、現在の賀喜遥香がいる。
完璧ではない自分の弱さと向き合い、それを乗り越えるたびに新たな輝きを放ってきた賀喜遥香。
彼女がステージの中央で大きく腕を広げ、満面の笑みを浮かべるとき、その姿には、これまで彼女を支えてきたメンバーやファンから受け取った多くの思いが重なって見える。
大阪から栃木へ。
絵を描くことが好きだった少女から、バスケットボールに打ち込んだ中学生へ。
「何にもない毎日を変えたかった」という思いからオーディションに挑み、4期生として乃木坂46に加入。
そして、フロント、4期生楽曲のセンター、表題曲センター、写真集、そして再び表題曲センターへ。
その歩みは、最初から自信に満ちた少女の成功物語ではなかった。
むしろ、不安を抱えながらも、そのたびに自分を少しずつ変えてきた成長の物語だった。
過去から現在へ、そして未来へと続く坂道を駆け上がる賀喜遥香。
その歩みはこれからも、乃木坂46というグループの新しい時代を形づくると同時に、一人の表現者がどこまで自分自身を更新できるのかを、私たちに見せてくれるだろう。


コメント