長い手足が風を切るダンスと、カメラの前で咲く笑顔。
乃木坂46のなかで、金川紗耶ほど「ダンス」と「笑顔」の魅力を全身で表現してきたメンバーはいない。
北海道札幌市で育った彼女は、アイドルへの憧れを胸にオーディションへ挑戦し、2018年に乃木坂46の4期生として加入した。そこから、ダンスを生かしたパフォーマンス、選抜メンバーとしての活動、ファッションモデルとしての挑戦、そして故郷・北海道とのつながりを生かした活動へと、そのフィールドを広げていった。
さらに2025年には、自身初となるセンターを経験。2026年には待望のファースト写真集『好きのグラデーション』を発売するなど、活動の幅はさらに広がっている。
本稿では、北海道での学生時代から坂道合同新規メンバーオーディション、乃木坂46加入後の歩み、選抜・福神入り、モデル活動、北海道でのファイターズ関連活動、そして初センターと写真集まで、金川紗耶が積み重ねてきた軌跡を振り返る。
北の大地での原風景と、学生時代の経験
金川紗耶は2001年10月31日、北海道札幌市に生まれた。
家族は父、母、双子の妹2人、そして年の離れた妹という6人家族。本人も家族との関係についてたびたび語っており、にぎやかな家庭のなかで育ったことがうかがえる。
学生時代の金川を語るうえで特徴的なのが、身体を動かすことへの親しみだ。
本人のインタビューによれば、小学3年生から中学3年生までバスケットボールに取り組み、高校ではダンス部に所属。中学時代にはバスケットボールの公式戦で1試合20得点を記録した経験も語っている。
そして中学3年生ごろから、アイドルへの憧れを強く抱くようになった。
テレビや雑誌で歌って踊るアイドルの姿を見るなかで、自分もそんなステージに立ってみたいという思いを募らせていったのだ。高校ではダンス部に入部し、歌やダンスを通じて表現することへの興味を一層深めていく。
北海道で過ごした学生時代の経験は、後に乃木坂46のステージで見せるダンスや身体表現にもつながっていくことになるのだった。
運命の分岐点――坂道合同新規メンバーオーディションと4期生入り
金川の人生を大きく変えたのが、2018年に開催された「坂道合同新規メンバーオーディション」だった。
乃木坂46、欅坂46、けやき坂46の合同による大規模オーディションには、12万9182人もの応募が集まった。
金川自身は、母親からオーディションを勧められたことをきっかけの一つとして挑戦。多くの応募者のなかから最終審査を経て合格し、乃木坂46の4期生11人の一人となった。
2018年12月3日、日本武道館で開催された「乃木坂46 4期生お見立て会」で、ファンの前に初めて姿を現した。
北海道から東京へ。環境は大きく変わった。
同期のメンバーたちとともにレッスンやグループ活動に取り組みながら、金川はアイドルとしての第一歩を踏み出していった。
長い手足を生かしたダイナミックなダンスは、加入当初から彼女の大きな武器の一つだった。
4期生としての活動から、初選抜、そして福神へ
乃木坂46の4期生として活動を始めた金川は、4期生楽曲やライブなどを通じて経験を積み重ねていった。
そのなかで特に注目されたのが、高いダンススキルと身体表現である。
そして2022年、30thシングル「好きというのはロックだぜ!」で、初めて表題曲の選抜メンバーに選出される。
加入から約4年。長く積み重ねてきた活動が、選抜という形で一つの結果につながった瞬間だった。
さらに31stシングル「ここにはないもの」では、待望の福神入りを果たす。
ここから、金川紗耶の存在が急激にグループ内外で注目され始めるのである。
モデルとしての挑戦――『Ray』で広がった表現のフィールド
金川のキャリアを語るうえで欠かせないのが、ファッションモデルとしての活動だ。
2020年には、女性ファッション誌『Ray』の専属モデルに就任。乃木坂46の4期生から初めて雑誌専属モデルとなったメンバーとして、新たなフィールドへ踏み出した。
ステージ上で見せるダンスとは異なり、モデルの仕事では立ち姿や表情、衣装の着こなしそのものが表現になる。
バランスの取れたスタイルと透明感のある雰囲気を生かし、誌面ではアイドルとは異なる一面を見せてきた。
乃木坂46で培ってきた表現力を、ファッションという別の舞台へ広げていったことは、金川紗耶という表現者の大きな転機だった。
北海道とのつながり――ファイターズと「きつねダンス」
金川の活動を語るうえで、もう一つ欠かせないのが故郷・北海道とのつながりである。
その象徴となったのが、北海道日本ハムファイターズとの交流だ。
2022年8月4日、札幌ドームで行われたファイターズ戦に登場した金川は、ファーストピッチを務めた。
投球はノーバウンドで捕手まで届き、始球式ならぬファーストピッチでも存在感を示した。
さらに当時、全国的なブームとなっていた「きつねダンス」もファイターズガールとともに披露。
乃木坂46の活動とは異なるプロ野球の舞台で、北海道出身という自身の背景を生かしたパフォーマンスを見せた。
翌2023年には、新たな本拠地となったエスコンフィールドHOKKAIDOでも「きつねダンス」を披露。
北海道を代表するプロスポーツチームとの交流は、金川にとって単なる一度限りの出演ではなく、故郷とのつながりを象徴する活動の一つとなった。
乃木坂46のメンバーとして全国で活動しながら、北海道出身という自身のルーツも大切にする。
その姿は、金川紗耶ならではの個性として少しずつ輪郭を強めていった。
「不道徳な夏」――初めて立ったセンターという新たな場所
そして2025年、金川のキャリアに新たな大きな転機が訪れる。
39thシングルに収録された「不道徳な夏」で、自身初となるセンターを務めたのだ。
これまで選抜や福神を経験し、ステージで存在感を高めてきた金川にとって、センターというポジションは新たな挑戦だった。
本人も自身のブログで、センター楽曲を務めるのは初めてだと明かしている。
長い手足を生かしたダンスと、明るい表情。
これまで積み重ねてきたものを、今度は楽曲の中心から届ける立場になった。
加入から年月を重ね、選抜入り、福神入り、モデル活動、北海道でのさまざまな活動を経験してきた金川が、新たなステージへ進んだ瞬間だった。
ファースト写真集『好きのグラデーション』が映し出した現在地
2026年、金川は待望のファースト写真集『好きのグラデーション』を発売した。
撮影地に選ばれたのは、クロアチアのドゥブロブニク。
海外の美しい景色を背景に、アイドルとしての表情だけではなく、モデルとして培ってきた表現力や、これまでとは異なる自然体の魅力も収められた。
ファッション性の高い衣装から水着、ランジェリーまで幅広いスタイリングに挑戦し、これまでの活動で培ってきた多面的な魅力を一冊に凝縮した作品となった。
写真集は発売後、オリコン週間BOOKランキングで週間売上2.5万部を記録し、総合2位、写真集ジャンルでは1位を獲得した。
長年、写真集を出すことを目標の一つとしてきた金川にとって、その夢が一つの形になった作品でもある。
乃木坂46のメンバーとしてだけではなく、モデル、そして一人の表現者として積み重ねてきた経験が、写真という別の表現方法のなかにも刻まれている。
金川紗耶が切り拓いてきた、自分だけの道
北海道札幌市で生まれ、バスケットボールやダンスに打ち込んだ少女は、アイドルへの憧れを胸に坂道合同新規メンバーオーディションへ挑戦した。
2018年、乃木坂46の4期生として加入。
そこから4期生としての活動、30thシングル「好きというのはロックだぜ!」での初選抜、31stシングル「ここにはないもの」での福神入りへと歩みを進めた。
一方で、『Ray』の専属モデルとしてファッションの世界にも活動を広げた。
故郷・北海道では、北海道日本ハムファイターズのファーストピッチや「きつねダンス」など、地元とのつながりを生かした活動も経験した。
そして2025年には「不道徳な夏」で自身初のセンターを務め、2026年にはファースト写真集『好きのグラデーション』を世に送り出した。
振り返れば、その歩みは一気に頂点へ駆け上がるようなものではなかった。
一つひとつの経験を重ね、そのたびに新しい表現の場所を手に入れてきた。
ダンス、アイドル、モデル、北海道とのつながり、そしてセンターと写真集。
金川紗耶が歩いてきた道には、最初から決められた一つの答えがあったわけではない。
自分の武器を見つけ、それを磨き、新しい場所へ持っていく。
その繰り返しによって、彼女は少しずつ「金川紗耶」という表現者の輪郭を作り上げてきた。
北の大地から東京へ。
そして乃木坂46のステージから、ファッション、スポーツ、写真へ。
ひたむきな笑顔の向こう側で、金川紗耶はこれからも、自分自身の可能性を更新していく。


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