乃木坂46の5期生として加入し、柔らかな佇まいと166cmのスタイル、そして飾らない人柄で注目を集めてきた五百城茉央。
選抜メンバーとして経験を重ねる一方、歌やパフォーマンスにとどまらず、ナレーション、ラジオ、舞台、ドラマ、写真集と活動のフィールドを広げてきた。
一見すると、おっとりとした雰囲気を持つ五百城だが、その歩みを振り返ると、そこには剣道で培った芯の強さや、ギターを通して育まれた音楽への感性、そして自分の世界を少しずつ広げていく意志がある。
本記事では、五百城茉央のプロフィールをはじめ、兵庫県で過ごした学生時代、乃木坂46のオーディションに挑戦したきっかけ、加入後の歩み、そして1st写真集『未来の作り方』まで。その活動を一つひとつ辿りながら、彼女がどのように「表現者」としての輪郭を形作ってきたのかを見ていきたい。
五百城茉央のプロフィール・基本情報
まずは、五百城茉央の基本的なプロフィールを整理しておこう。
- 名前: 五百城 茉央(いおき まお)
- 生年月日: 2005年7月29日
- 現年齢: 21歳(2026年8月時点)
- 出身地: 兵庫県
- 血液型: O型
- 星座: しし座
- 身長: 166cm
- 期別: 乃木坂46 5期生
- 愛称: まおちゃん、いおちゃん、きっき
- コール: まおちゃん
- サイリウムカラー: ターコイズ×青
公式プロフィールでは、2005年7月29日生まれ、O型、身長166cmの5期生メンバーとして紹介されている。
現在は選抜、福神として活動し、5期生の中でもグループの中心へと歩みを進めている存在だ。
ただ、五百城茉央という人物を知るうえで興味深いのは、現在の柔らかな印象とは少し異なる特技や趣味を持っていることだろう。
特技は書道と剣道。書道は10年以上続け、剣道では二段を取得している。中学時代には剣道部に3年間所属し、厳しい稽古を通して礼儀作法や忍耐力を身につけた。
一方、趣味として挙げているのはフィルムカメラ、ギター、銭湯巡り。
なかでもギターは、現在の五百城を語るうえで欠かせない存在だ。
中学2年生のとき、授業で初めてギターに触れ、兄が持っていたギターを弾き始めた。あいみょんなどの邦ロックを好み、乃木坂46の楽曲をギターで弾き語りする姿も披露してきた。
剣道で身につけた強さと、ギターやフィルムカメラから感じられる繊細な感性。
一見すると対照的にも思える二つの要素が、五百城茉央というアイドルの中では自然に共存している。
その背景を知るためには、まず兵庫・神戸で過ごした学生時代まで遡る必要がある。
幼少期・学生時代――剣道とギターが育てた感性
兵庫・神戸で過ごした少女時代
兵庫県神戸市で生まれ育った五百城茉央。
海と山があり、静かな場所と賑やかな場所が共存する地元を、本人は「住みやすくてちょうどいい場所」と語っている。
そんな環境の中で、友人たちと過ごす日々を送りながら、少しずつ自分の好きなものを見つけていった。
幼い頃から歌やダンスに親しみ、音楽への興味も持っていた五百城だが、学生時代の中心にあったのは、意外にも剣道だった。
「the学生」と呼ぶほど濃密だった中学時代
中学校では剣道部に所属し、3年間稽古に打ち込んだ。
朝から学校へ向かい、部活動を終えれば塾へ行く。本人が振り返って「the学生」と表現するような毎日だったという。
しかも、所属していた剣道部は強豪。土日も含めて基本的に毎日のように稽古がある厳しい環境だった。
友人に誘われて軽い気持ちで入部したものの、想像以上の厳しさに一度は「やめたい」と思ったこともあったという。
そこで母親からかけられたのが、
「一度決めたらやり遂げたほうがいいんちゃう?」
という言葉だった。
その言葉をきっかけに踏みとどまり、3年間を最後までやり遂げた。そして剣道二段を取得する。
現在の五百城から感じられる穏やかさの奥には、こうした経験の積み重ねがある。
ギターとの出会い、そして「歌うこと」への変化
剣道と並んで、五百城のその後を大きく変えたのがギターだった。
中学2年生のとき、音楽の授業で初めてギターに触れたことをきっかけに、兄が持っていたギターを弾き始める。
もともとはカラオケでも自分から歌うタイプではなかったという五百城。しかしギターを始めたことで、次第に歌うことそのものが好きになっていった。
弾いていたのは、あいみょんをはじめとする邦ロック。
ギターを弾きながら歌うことで、ただ音楽を聴くだけではなく、自分自身で音楽を表現する楽しさを知っていった。
後に乃木坂46のオーディションでギターを使ったパフォーマンスを披露し、加入後にも弾き語りを見せるようになる。
五百城にとってギターは、単なる趣味ではない。
自分の声や感情を外へ届けるための、一つの入り口だったのかもしれない。
オーディションへの一歩――「何かを変えたい」と思った夏
高校に進学すると、五百城の生活には大きな変化が訪れる。
中学時代まで続けていた剣道と塾をやめたことで、それまでとは比べものにならないほど自由な時間が増えた。
本人は高校1年生の夏休みについて、「ものすごく暇だった」と振り返っている。
それまで何かに追われるように過ごしていた日々から、一転してできた空白。
その時間の中で、五百城は「何か新しいことをしてみたい」という気持ちを抱くようになっていった。
そこで大きなきっかけを作ったのが、乃木坂46のファンだった兄だった。
「受けてみたら?」
兄からの何気ない一言。
それが、五百城茉央の人生を大きく動かすことになる。
地元の友人たちとの時間を胸に、東京へ
五百城は、地元・神戸で過ごした時間も大切にしてきた。
上京を控えた時期には、デビュー前最後の休みに始発で東京から神戸へ向かい、小学校・中学校時代の友人一人ひとりに「ありがとう」と伝えて回ったという。
アイドルになるために地元を離れる。
その決断は、単純に新しい世界へ飛び込むというだけではなかった。
これまでの自分を作ってくれた場所や人との時間を胸に抱えたまま、次の場所へ進む。
そんな五百城の人柄が、このエピソードからも見えてくる。
そして2022年2月。
五百城茉央は、乃木坂46の5期生としてお披露目された。
乃木坂46加入後――柔らかさを武器に変えていく
2022年、乃木坂46の5期生として活動をスタートした五百城。
166cmという長身と柔らかな笑顔、そしてどこか飾らない雰囲気は、加入当初から注目を集めた。
しかし、彼女の歩みはビジュアルだけでは説明できない。
歌、演技、ナレーション、ラジオ、写真集。
活動の場を一つずつ増やしていくことで、「五百城茉央」という表現者の輪郭は少しずつ鮮明になっていった。
初選抜から福神へ
大きな転機となったのが、2023年3月発売の32ndシングル『人は夢を二度見る』だ。
5期生として加入してから約1年。
五百城はこの作品で、初めて表題曲の選抜メンバーに選ばれた。
さらに33rdシングル『おひとりさま天国』では初の福神入り。
加入からわずかな期間で、グループの中心へと近づいていった。
ただ、その過程は単純な「人気上昇」という言葉だけでは捉えにくい。
五百城自身が一つひとつの活動を経験しながら、自分の表現方法を見つけていった時間でもあった。
初センターで見せた新しい表情
2024年には、さらに大きな転機が訪れる。
35thシングル『チャンスは平等』に収録された5期生楽曲『「じゃあね」が切ない』で、自身初のセンターを務めた。
MVは「別れと再会」をテーマに長野県で撮影された作品。
センターというポジションに立った五百城は、表情の一つひとつに感情を宿しながら、楽曲の世界を丁寧に描いていった。
加入当初から持っていた柔らかな雰囲気。
それは単なる「癒やし系」の個性ではなく、楽曲の世界に寄り添い、見る側の感情を引き込むための表現へと変わっていった。
五百城の「柔らかさ」は、ここで一つの強さになったのだ。
グループの外へ――声、演技、言葉で広がる表現
五百城茉央の活動が面白いのは、選抜やセンターというグループ内でのポジションだけではない。
乃木坂46の外へ出ることで、彼女は自分の表現方法をさらに増やしていった。
ナレーションで見せた「声」の表現
2023年には関西テレビのドキュメントバラエティ番組『わたしの通学ロード』でナレーションを担当。
2024年のシーズン2でも引き続きナレーションを務めた。
歌うのではなく、声だけで映像の世界を伝える。
アイドルとしてステージに立つこととは異なる表現に挑戦したことで、五百城の「声」が持つ魅力も改めて浮かび上がった。
舞台『美少女戦士セーラームーン』で演技に挑戦
2024年には、ミュージカル『美少女戦士セーラームーン』でセーラージュピター/木野まこと役を演じた。
自分自身としてステージに立つアイドル活動から、役を背負って物語の中に入っていく演技へ。
そこで得た経験は、その後の五百城にとって大きな財産になっていく。
さらに同年4月には、NHKラジオ第1『らじらー!サンデー』の偶数週レギュラーMCにも就任。
テレビやライブとは異なり、声と言葉だけで相手とコミュニケーションを取るラジオという場所でも、新たな一面を見せるようになった。
10代最後を切り取った1st写真集『未来の作り方』
2025年1月には、5期生として初となるソロ写真集『未来の作り方』を発売した。
撮影地はポルトガル。
10代最後という限られた時間を切り取った一冊で、五百城自身が得意とする書道で題字を手掛けたことも話題になった。
発売後には大きな反響を呼び、オリコン週間BOOKランキングで1位を獲得。週間売上は7万575部を記録している。
写真集で見せたのは、ステージ上で完成されたアイドルとして立つ五百城だけではない。
旅先で笑い、自然体で過ごし、その瞬間を楽しむ一人の少女としての姿。
そこには、これまでの活動を通して見えてきた五百城の穏やかさや、飾らない人柄も刻まれていた。
タイトルにある『未来の作り方』という言葉も、彼女のこれまでの歩みを考えると印象的だ。
剣道、ギター、乃木坂46。
その時々の出会いを積み重ねてきた先に、今の五百城茉央がいる。
『MADDER』で開いた、女優としての新たな扉
2025年には、さらに大きな挑戦が待っていた。
カンテレ×FODドラマ『MADDER その事件、ワタシが犯人です』で、地上波連続ドラマ初出演にして初主演を務めたのだ。
演じたのは主人公・仲野茜。
アイドルとしてステージに立つときは、自分自身の魅力を届けることが求められる。
しかし、俳優として求められるのは、自分ではない誰かとして物語を生きることだ。
『MADDER』は、そんな意味でも五百城にとって新しい挑戦だった。
表情、声、間。
これまで歌やステージで培ってきた表現力を、今度は一人の人物を演じるために使う。
アイドル活動で積み重ねてきた経験が、別のジャンルでも生きることを示した作品となった。
マクドナルド、ソフトバンク、そして故郷・神戸へ
個人としての活動が広がるにつれて、五百城茉央が持つ「親しみやすさ」もさまざまな場所で生かされるようになった。
2024年には日本マクドナルドのビッグマックとコカ・コーラのコラボレーションCM「ビッグマック『あしたも、笑おう。』篇」に出演。
2025年にはソフトバンクのCMにも出演した。
さらに同年5月には、出身地である神戸をホームタウンとするヴィッセル神戸の「クラブ30周年アンバサダー」に就任。
神戸市出身の五百城が、地元を代表する存在としてクラブの節目を盛り上げる役割を担うことになった。
東京で乃木坂46のメンバーとして活動しながら、故郷とのつながりも失わない。
むしろ活動の広がりとともに、そのつながりが新しい形で結び直されていく。
そこには、五百城茉央という人物が持つ「地に足のついた感覚」が表れているようにも思える。
「おっとり」だけでは見えてこない、五百城茉央の芯
ここまでの歩みを追ってみると、五百城茉央を「おっとりしている」「癒やし系」という言葉だけで括ることには、少し違和感が残る。
剣道では厳しい稽古を3年間続け、二段を取得した。
ギターでは好きな音楽を自分の手で奏でることを覚えた。
乃木坂46に加入してからは、選抜、福神、センターを経験し、さらにナレーション、ラジオ、舞台、ドラマ、写真集へと活動を広げている。
一つひとつを見ると、それぞれ異なる仕事に見える。
しかし、その根底にあるのは、自分が興味を持ったものにじっくり向き合い、そこから新しい表現を見つけていく姿勢なのではないだろうか。
だからこそ、五百城にとって選抜入りも、初センターも、写真集も、ドラマ主演も、単なる「実績」の積み重ねではない。
それぞれの経験が次の表現へとつながり、そのたびに「五百城茉央」という一人の表現者の輪郭が少しずつ変化している。
柔らかな笑顔の奥にある芯の強さ。
静かな佇まいの中にある、確かな好奇心。
そして、まだ知らない自分に出会おうとする姿勢。
それらが重なったとき、五百城茉央は単なる「乃木坂46の人気メンバー」という言葉では収まりきらない存在になっていく。
これから彼女がどんな作品と出会い、どんな表現を見せていくのか。
歌うこと、演じること、言葉を届けること、そして一人の人間として日々を生きること。
そのすべてが一本の線につながったとき、五百城茉央はどんな「未来」を作っているのだろうか。
その物語は、まだ始まったばかりだ。


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