乃木坂46の4期生として加入したとき、筒井あやめは14歳だった。
グループのなかでもひときわ若い少女として活動を始めた彼女は、華やかなアイドルの世界にありながら、どこか落ち着いた空気をまとっていた。大きな声で自分を主張するわけでも、感情を必要以上に誇張するわけでもない。それでもステージに立つと、自然と目を引く。
愛知県から上京し、4期生最年少として乃木坂46に加わった少女は、やがて選抜メンバーとしてグループのフロントに立ち、4期生楽曲のセンターも経験した。さらにモデルとしてファッション誌の誌面を飾り、俳優としてドラマや映画、舞台へと活動の場を広げていった。
2025年には賀喜遥香とともに『量産型ルカ -プラモ部員の青き逆襲-』でW主演を務め、同年には1st写真集『感情の隙間』も刊行された。
14歳の最年少メンバーだった筒井あやめは、いつしか20歳を迎えた。
その変化を追っていくと、彼女の魅力は単純な「可愛らしさ」だけでは語れないことが見えてくる。幼いころから続けてきた習い事、14歳での上京、最年少として過ごした時間、そしてアイドル、モデル、俳優という異なる場所で得た経験。
それらが重なり合うことで、現在の筒井あやめという表現者が形作られている。
幼少期と習い事――ピアノや書道に向き合った少女
筒井あやめは2004年6月8日、愛知県に生まれた。
乃木坂46加入以前から、いくつかの習い事を経験している。
本人のインタビューによれば、姉の影響でそろばん、水泳、英語、ピアノ、ギターなどを習っていた。ピアノは3歳から始め、書道も小学校低学年のころから上京前まで続けていたという。
また、習い事については、ただ経験するだけではなく、「段位とか、形になるものを残すまで突き詰めてきた」と本人が語っている。
ここで重要なのは、習い事そのものを現在の性格と単純に結びつけないことだろう。
「ピアノをやっていたから集中力が身についた」「書道を続けたから忍耐強くなった」と断定できるわけではない。
ただ、幼いころから複数の習い事に取り組み、そのなかで一定の成果を形にするところまで続けてきたという事実は、筒井あやめという人物を知るうえで興味深い。
芸能界に入る以前から、彼女の時間には、練習して、身につけて、次の段階へ進むという経験があった。
その後、乃木坂46というまったく異なる環境に入ったとき、そうした経験がどのように生かされたのか。そこに明確な因果関係を求める必要はない。
むしろ、華やかな現在からは見えにくい、普通の少女時代が存在していたこと。その事実こそが、筒井あやめの原点として印象に残る。
14歳の上京――「好きなようにやっていいよ」と送り出した両親
筒井の人生を大きく変えたのが、2018年に開催された「坂道合同新規メンバーオーディション」だった。
乃木坂46、欅坂46、けやき坂46の新メンバーを募集した大規模オーディションに、当時中学2年生だった筒井は挑戦し、合格を果たした。
そして乃木坂46の4期生となった。
2018年12月3日、日本武道館で開催された「乃木坂46 4期生お見立て会」で、4期生はファンの前に初めて姿を見せた。筒井は14歳。4期生最年少だった。
ここから彼女の生活は大きく変わる。
愛知県から東京へ。まだ中学生だった少女が、家族のもとを離れて芸能活動を始めることになった。
本人は後年のインタビューで、オーディションを受ける際、両親から「好きなようにやっていいよ」と背中を押してもらったと語っている。
合格後も家族は筒井の挑戦を応援した。
14歳での上京は、現在の彼女を語るうえで見落とせない出来事だ。
同期には遠藤さくら、賀喜遥香らがいた。
年上の同期たちとともに、まだ何も分からないところから乃木坂46の活動を始める。そのなかで筒井には、「4期生最年少」という明確な立場が与えられた。
後に彼女がその肩書きを手放していくことまで考えると、14歳で始まったこの時間は、筒井あやめのキャリアの最初の大きな章だった。
「夜明けまで強がらなくてもいい」――最年少でいきなりフロントへ
加入から約1年。
筒井あやめの名前が広く知られるようになった転機のひとつが、24thシングル「夜明けまで強がらなくてもいい」だった。
センターを務めたのは遠藤さくら。
その両隣に賀喜遥香と筒井あやめが並んだ。
遠藤、賀喜、筒井の4期生3人はいずれも初選抜で、1列目のフロントに抜擢された。
当時の筒井は15歳だった。
4期生として加入してからまだ1年にも満たないなかで、乃木坂46の表題曲のフロントに立つ。
これは、単に若いメンバーを前に出したというだけではない。
4期生という新しい世代を、グループの前面に押し出す大きなメッセージでもあった。
しかも楽曲のタイトルは「夜明けまで強がらなくてもいい」。
若者の不安や葛藤、強がらずに前へ進もうとする感情を描いた楽曲だった。
その中央に遠藤さくら、その両側に賀喜遥香と筒井あやめ。
3人のフロントは、4期生の本格的な台頭を象徴する場面となった。
この時点で筒井は、まだ経験の浅い15歳だった。
だからこそ、後年の姿を知る現在から振り返ると、この時期の彼女には「完成されたアイドル」とは違う魅力がある。
まだ変化の途中にいる。
その姿そのものが、4期生という新しい世代の到来と重なっていた。
「ジャンピングジョーカーフラッシュ」――自身初のセンターへ
筒井あやめのキャリアにおいて、大きな転換点となったのが2022年だった。
30thシングル「好きというのはロックだぜ!」に収録された4期生楽曲「ジャンピングジョーカーフラッシュ」で、筒井は自身初のセンターを務めた。
加入から約4年。
24thシングルでは4期生のフロントとして注目された筒井が、今度は4期生楽曲の中央に立った。
しかも「ジャンピングジョーカーフラッシュ」は、それまでの筒井のイメージとは少し異なる、明るくエネルギッシュな楽曲だった。
MVでは泡や水を使った演出も取り入れられ、筒井自身もこれまでとは違った表情を見せている。
ここで見えてくるのは、「静かな少女」という一面的なイメージだけではない。
筒井は、楽曲の色に合わせて表情を変えることができる。
柔らかな雰囲気を持ちながら、明るく弾ける表現にも対応する。
15歳でフロントに立った少女が、20歳を前にして4期生楽曲のセンターを任されるまでになった。
その変化こそ、この時期の筒井を語るうえで重要だった。
選抜メンバーとして積み重ねた時間
筒井の歩みを考えるとき、センター経験だけを切り取る必要はない。
むしろ重要なのは、長い期間にわたって選抜メンバーとして活動してきたことだ。
24thシングルで初選抜・初フロントを経験した後も、筒井は作品ごとに異なるポジションを経験しながら、乃木坂46の活動を続けてきた。
先輩たちが卒業し、新しい期が加入する。
グループのフォーメーションも変わる。
そのたびに、メンバーの立ち位置も変化する。
それでも筒井は、4期生の一員として乃木坂46での活動を続けてきた。
2022年には5期生が加入し、2025年には6期生も加わった。
2018年に「4期生最年少」として加入した少女が、今度は後輩を迎える側になったのである。
2025年の本人インタビューでは、6期生の加入によって先輩としての自覚が芽生えたことを語っている。
かつては自分が先輩たちを見ていた。
それがいつの間にか、自分の背中を見られる立場へ変わった。
「最年少」という肩書きが、時間の経過によって別の役割へと変わった瞬間だった。
モデルとして広がった表現――『bis』で見せた別の顔
アイドルとしての活動と並行して、筒井はファッションの世界にも活動の幅を広げていった。
2020年に『bis』に初登場。
その後、誌面への出演を重ね、2022年には同誌のレギュラーモデルに就任した。
本人は以前から『bis』への再出演を目標のひとつとしていた。
誕生日に仕事やプライベートの目標を書いており、そのなかに「bisにもう一回出たい」と記していたという。
このエピソードは、筒井の仕事への向き合い方を考えるうえで興味深い。
一度経験した仕事を「またやりたい」と思う。
その目標を言葉にする。
そして実際にレギュラーモデルという形で、その場所に戻ってくる。
乃木坂46のステージとは異なるファッション誌の世界で、筒井は新しい表情を見せていった。
アイドルとしての可愛らしさだけではなく、衣装や写真の世界観に合わせて表情を変える。
その経験は、後のグラビアや写真集にもつながっていく。
俳優としての経験――役を通して変わっていく表情
筒井の活動は、映像や舞台へも広がっていった。
2020年には4期生出演のドラマ『サムのこと』などに出演。
その後もドラマ、舞台、映画と経験を重ねてきた。
2022年にはテレビ東京系ドラマ『真相は耳の中』に出演し、大曾根芽依役を演じた。
2024年には映画『矢野くんの普通の日々』にも出演している。
アイドルとして歌やダンスを見せる場と、俳優として役を演じる場では、求められる表現が違う。
歌では楽曲全体の世界観を背負い、ステージでは限られた時間のなかで観客に感情を届ける。
一方、俳優はひとつの役を通して人物を作り、その人物として物語のなかに存在しなければならない。
筒井にとって、俳優としての経験は、それまでとは異なる表現を身につける機会になった。
そして、その歩みの大きな節目となったのが2025年の『量産型ルカ -プラモ部員の青き逆襲-』だった。
『量産型ルカ』――賀喜遥香とのW主演で迎えた新しい段階
2025年7月、テレビ東京系の木ドラ24『量産型ルカ -プラモ部員の青き逆襲-』がスタートした。
主演を務めたのは、4期生の賀喜遥香と筒井あやめ。
二人はそれぞれ高嶺瑠夏、瀬戸流歌を演じた。
物語の舞台は高校のプラモデル部。
性格の異なる二人の「ルカ」が、高校最後の青春を過ごしていく物語だ。
ここで注目したいのが、賀喜との組み合わせである。
二人は2018年に同じ4期生として加入した。
2019年には遠藤さくらとともに「夜明けまで強がらなくてもいい」のフロントに立った。
そこから約6年。
今度は二人で連続ドラマの主演を務める立場になった。
4期生として同じスタートラインに立った二人が、乃木坂46の外でもひとつの作品を背負う。
それは、4期生という世代が経験してきた時間を象徴する出来事でもあった。
また、筒井自身にとってプラモデルは初めての経験だったという。
一方で、幼少期から編み物など細かな作業をしていた経験が、撮影のなかで役立ったと本人は語っている。
幼いころの経験が、思いがけない形で現在の仕事につながる。
こうしたエピソードにも、筒井の歩みの面白さがある。
20歳の現在を記録した1st写真集『感情の隙間』
2025年6月3日。
筒井あやめにとって初めての写真集となる『乃木坂46 筒井あやめ 1st写真集 感情の隙間』が発売された。
撮影地はスペイン。
バルセロナ、ジローナ、そして地中海のマヨルカ島で撮影された。
海や街並み、ショッピングなど、スペインで過ごす時間を切り取りながら、20歳になった筒井のさまざまな表情を収めた一冊となった。
タイトルは『感情の隙間』。
この言葉は、筒井あやめという表現者を考えるうえでも印象的だ。
彼女の表情には、見る側が意味を読み取るための余白がある。
何かを強く説明するのではなく、表情や視線の変化によって受け手に想像させる。
もちろん、それを本人が意図的に「余白」として作っていると断定することはできない。
しかし、14歳で加入したころの姿と20歳になった現在の姿を並べると、そこに大きな変化があることは確かだ。
幼さだけではない。
乃木坂46での活動、モデルとしての経験、俳優としての挑戦。
そうした時間を経たからこそ生まれた表情が、一冊の写真集に記録されている。
数字が示した写真集の反響
『感情の隙間』は、売上面でも大きな結果を残した。
オリコン週間BOOKランキングのジャンル別「写真集」で、初週7.2万部を売り上げて1位を獲得。
さらに翌週も1位となり、2週連続で首位を記録した。
6月20日発表時点での推定累積売上は7.9万部だった。
写真集という作品を通して、20歳の筒井あやめに大きな関心が集まったことを示す数字だ。
ただし、その価値を売上だけで語る必要はない。
14歳で加入した少女が、20歳になった。
その間に初選抜、初フロントを経験し、4期生楽曲のセンターを務め、モデルや俳優としても活動してきた。
『感情の隙間』には、その時間を経た筒井あやめが記録されている。
写真集は、その時点でしか残せない姿を切り取る媒体でもある。
そう考えれば、この一冊は単なるグラビア作品ではなく、20歳という時期の筒井を記録したキャリア上の節目として見ることができる。
「最年少」ではなくなった筒井あやめ
筒井あやめの物語を振り返ると、ひとつの言葉が何度も登場する。
「最年少」だ。
14歳で加入した筒井は、長い間、乃木坂46の年少メンバーとして見られてきた。
しかし、時間は流れる。
5期生が加入し、6期生も加わった。
かつて自分が先輩たちを見上げていたように、今度は後輩たちから見られる立場になった。
本人も2025年のインタビューで、6期生の加入によって先輩としての自覚が芽生えたと語っている。
これは、単なる年齢の変化ではない。
グループのなかで担う役割が変わったということだ。
14歳の筒井にとって「最年少」は、自分で選んだ肩書きではなかった。
しかし、20歳になった筒井には、その肩書きがなくなったあとに積み上げてきた経験がある。
フロントに立った。
センターを経験した。
モデルになった。
俳優として作品を背負った。
写真集を出した。
そして今度は、後輩を迎える側にいる。
こうして並べてみると、「最年少」という言葉だけでは、現在の筒井あやめを説明できないことが分かる。
静謐さの先にあるもの
筒井あやめには、派手な言葉で自分を大きく見せるタイプではないという魅力がある。
14歳で乃木坂46に加入したころから、その落ち着いた雰囲気は印象に残った。
ただし、現在の筒井を「静かな少女」という言葉だけで捉えるのは、もう十分ではない。
2022年には「ジャンピングジョーカーフラッシュ」で自身初のセンターを経験した。
『bis』ではモデルとして活動した。
ドラマや映画、舞台にも出演した。
そして2025年には『量産型ルカ』で賀喜遥香とW主演を務めた。
こうした経験を重ねた現在、彼女の表現には、加入当初にはなかった選択肢が増えている。
明るい楽曲では弾ける。
ファッション誌では衣装の世界観に合わせる。
ドラマでは役柄として存在する。
写真集では、20歳の自分自身を被写体として残す。
つまり、筒井あやめの「静けさ」は、彼女のすべてではない。
むしろ、それをひとつの基調としながら、さまざまな表現を使い分けられるようになったことに、現在の面白さがある。
14歳の少女を知るファンにとって、20歳の筒井は同じ人物でありながら、決して同じではない。
その変化を急激なイメージチェンジではなく、活動の幅を広げることで見せてきたところに、彼女のキャリアの特徴がある。
最年少だった少女が、次の景色へ
2018年。
愛知県で暮らしていた14歳の少女は、坂道合同新規メンバーオーディションを経て、乃木坂46の4期生になった。
中学2年生で上京し、同期のなかでも最年少として始まったアイドル人生。2019年には「夜明けまで強がらなくてもいい」で遠藤さくら、賀喜遥香とともに初選抜・初フロントを経験し、2022年には「ジャンピングジョーカーフラッシュ」で自身初のセンターポジションを務めた。
その間には、『bis』でのモデル活動があり、ドラマや映画、舞台への出演もあった。2025年には賀喜遥香とともに『量産型ルカ -プラモ部員の青き逆襲-』で地上波連続ドラマ初主演を務め、1st写真集『感情の隙間』では、20歳を迎えた自身の姿を一冊の作品として残した。
振り返れば、筒井あやめの7年間は、一つの肩書きだけでは語れない。
最年少メンバーとして注目された少女は、選抜とフロントを経験し、4期生楽曲のセンターにも立った。モデルとして誌面に登場し、俳優として役を演じ、作品を背負う立場にもなった。そして6期生を迎えた現在は、かつて自分が先輩たちを見上げていたように、後輩から見られる側になっている。
そこには、14歳のころにはまだ持っていなかった経験がある。
だからこそ、いまの筒井あやめを「最年少」という言葉だけで捉えることはできない。彼女が見せる表情の一つひとつには、乃木坂46で過ごしてきた年月と、さまざまな場所で培ってきた経験がある。
書道やピアノをはじめとする幼少期からの習い事。14歳での上京。乃木坂46での選抜、フロント、センター経験。そしてモデル、俳優としての挑戦。
それらは、別々のキャリアではない。
一つの場所だけにとどまらず、新しい表現に触れるたびに、自分の可能性を広げてきた時間だった。
筒井あやめは、誰かと同じ形になることで存在感を示してきたわけではない。
大きな変化を一度に起こすのではなく、その時々で与えられた場所に向き合いながら、自分自身の表現を少しずつ更新してきた。その歩みは、14歳だった少女が20代を迎えた現在だからこそ、はっきりと見えてくる。
乃木坂46は、これからも世代交代を続けていく。
新しいメンバーが加入し、新しい才能が前へ出てくる。そのなかで、筒井あやめ自身もまた、これまでとは違う役割を担っていくことになるだろう。
最年少ではなくなった。
だからこそ、ここからが面白い。
これまでに経験してきたことを携えながら、アイドルとして、モデルとして、俳優として、どこまで表現の幅を広げていくのか。
14歳で乃木坂46に飛び込んだ少女は、もういない。
そこにいるのは、7年間の経験を自分の表現へと変え始めた、一人の表現者だ。
大人になった筒井あやめの物語は、ここからまた新しい章へ進んでいく。


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