冨里奈央がまとう独特の空気感と、僕らが惹きつけられる理由
ふと目を奪われる透明感と、抜群のスタイル。そして、話し始めると周囲の空気までふっと和らげてしまうような、温かくピュアな笑顔。
「なおなお」の愛称で親しまれる冨里奈央には、ひと言では言い表せない独特の空気感がある。
5期生の中でも年少メンバーの一人でありながら、ステージに立った瞬間には、普段の柔らかな雰囲気とはまた違った表情を見せる。あどけない笑顔と、大人びた表情。その両方を自然体で併せ持っていることが、冨里の大きな魅力の一つだ。
加入後は、5期生楽曲やアンダー楽曲での活動に加え、雑誌グラビアにもたびたび登場。2022年には『週刊ヤングジャンプ』で5期生のフロント5人の一人として表紙を飾り、2024年には『週刊プレイボーイ』で18歳最初の撮り下ろしグラビアを披露するなど、活動の幅を着実に広げてきた。
一方で、冨里奈央というアイドルを語るうえで欠かせないのは、そのビジュアルだけではない。
幼少期からの家族との思い出、乃木坂46に人生を懸けることになったオーディションの裏側、そして加入後に経験したさまざまな出来事。
その一つひとつをたどっていくと、現在の冨里奈央が持つ柔らかな笑顔の奥に、少しずつ積み重ねてきた努力と確かな成長が浮かび上がってくる。
本記事では、冨里奈央の生い立ちから5期生オーディション、家族とのエピソード、そしてグラビアやステージで見せてきた変化まで、その歩みを丁寧に紐解いていく。
冨里奈央のプロフィール
まずは、冨里奈央の基本的なプロフィールと、誰もが惹きつけられる人間性の土台となっている要素を整理していきたい。
- 基本データ:生年月日(2006年9月18日)、出身地(千葉県)、血液型(O型)、身長(164cm)、星座(おとめ座)
- 愛称・ニックネーム:「なおなお」「なおちゃん」など。ファンはもちろん、先輩や同期のメンバーからもたっぷりの愛を込めて呼ばれている。
- 特技・趣味:本格的なカメラでの撮影や動画編集、そしてメンバーの手作り写真集を作ってしまうほどのこだわり。また、30個以上のモノマネを披露できるほど、表現力豊かな一面も持っている。
- 乃木坂46でのポジション:5期生メンバーとして活動。透明感あふれるビジュアルと164cmのスタイルを生かし、雑誌グラビアやステージパフォーマンスなど幅広い場面で存在感を発揮している。アンダーセンターも経験し、着実に成長を続けている注目メンバーだ。
生い立ちと家族構成・幼少期のエピソード
家族構成: 父・母と、6歳年下の妹がいることが知られている。冨里は公式ブログでも妹とのエピソードを紹介しており、家族との日常を感じさせる一面を見せている。
幼少期・子供時代: 千葉県で育った冨里奈央。小学生の頃にはリレーの選手を務めるなど、活発な一面も見せていた。中学時代にはバドミントン部に所属していたことも明かしている。
幼少期に見せた独自の感性と、クリエイティブな少女時代
冨里奈央の幼少期を語るうえで、特に興味深いのが「写真」や「ものを作ること」への原点だ。
本人は『週刊プレイボーイ』のインタビューで、小学生の頃からファッション誌が好きで、「私も作ってみたい」と思ったことをきっかけに、友達とテーマを決めて写真を撮り合い、プリントした写真をノートに貼ってオリジナルの雑誌を作っていたと明かしている。
この頃から、ただ写真を撮るだけではなく、撮った写真を並べ、構成し、一つの作品として形にすることを楽しんでいた冨里。
現在も写真撮影や動画編集を趣味としており、実際に乃木坂46のメンバーの写真集制作にも携わるなど、そのクリエイティブな感性は活動の中でも発揮されている。
また、冨里はハムスターを飼っており、2023年の公式ブログでは「カメラ」と並んで「飼っているハムスターのお世話」を趣味として挙げている。特技としてはモノマネを「32個できます」と紹介し、必殺技には「なおくま」「がんばりにゃーお」を挙げるなど、親しみやすく遊び心のある一面も見せている。
そして、そんな彼女の人柄を象徴するのが、自身で挙げている長所だ。
「自分が嫌だと思うことは人にしない」
これは冨里が繰り返し語っている、自身の大切な価値観の一つ。週刊プレイボーイのプロフィールでも長所として紹介されている。
写真を撮り、友達とオリジナル雑誌を作り、好きなものを大切にしながら過ごしてきた少女時代。
そこには、現在の冨里奈央につながる「人とのつながりを大切にする優しさ」と「自分の好きなものを形にする創造性」の原点が、すでに芽生えていたのかもしれない。
学生時代のエピソード~乃木坂46を目指す背中を押した、白石麻衣~
多感な中学時代と、乃木坂46への道
中学時代の冨里奈央は、バドミントン部に所属していた。
一方で、学校生活では苦しい時期も経験している。
本人によると、小学校中学年の頃、同級生とのささいなすれ違いから友人関係がうまくいかなくなり、中学に進学してからも「誰を信用して、誰と目を合わせていいのかわからない」という状態が続いた。そして、やがて学校に通うことが難しくなっていく。
「授業を受けてないから勉強はできないし、行きたい高校もなくて」
本人がそう振り返るほど、当時は将来についても悩んでいた。そんな状況の中で、冨里の人生を大きく動かす出来事が起こる。
父親から、乃木坂46の5期生オーディションを「一度受けてみなよ」と勧められたのだ。中学3年生の夏、進路に迷っていた冨里にとって、それは思いがけない提案だった。本人は、家族から「こういうの(アイドル)をやるなら応援するよ」と背中を押されたことも明かしている。
さらに、オーディションを受ける決心をするうえで、もう一つ大きな存在となったのが、乃木坂46の先輩・白石麻衣だった。
冨里は、父親からオーディションを勧められた際、以前見たドキュメンタリー映画『悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46』のことを思い出したという。
2015年に公開されたこの作品の中で、乃木坂46のメンバーたちが過去の出来事や葛藤を乗り越えていく姿を見た冨里。そこで、白石麻衣にも学校に行けなくなった時期があったことを知り、驚いたと振り返っている。
そして、その記憶が自分自身の状況と重なった。
「自分も、こういう自分を何か変えられる場所かもしれない」
そう感じたことが、乃木坂46のオーディションへ踏み出す大きなきっかけになった。
学校生活に悩み、将来にも迷っていた少女。
そんな彼女に父親が差し出した一つのチャンスと、かつてスクリーンで見た白石麻衣の姿。
その二つが重なったことで、冨里奈央は乃木坂46という新しい世界へ踏み出すことになった。
そして、この決断が彼女の人生を大きく変えていくことになる。
緊張のオーディション〜乃木坂46への加入〜
前章で触れたように、父親の勧めと家族の後押し、そして白石麻衣の存在に背中を押されて応募を決めた冨里奈央。
待っていたのは、87,852人の応募者の中からわずか11人しか選ばれない、約8,000倍の狭き門だった。乃木坂46公式発表によると、2022年2月1日に5期生11名の加入が決定。冨里も、その11人の中に名を連ねることになる。
しかし、本人は最初から「絶対に受かる」と自信を持って臨んでいたわけではない。
むしろ、審査を受けるたびに「絶対落ちるだろうな」と思っていたという。そのため、オーディション用の洋服を特別に用意することもなく、1分間のスピーチについてもほとんど準備していなかった。
それでも審査は予想に反して次々と進んでいく。
本人は当時を振り返り、歌が特別に上手かったわけでも、ダンスが得意だったわけでもないとして、合格したことについて「どこがよかったんだろう?」と驚きを語っている。
そして、合格発表を終えたあとに家族へ電話で報告すると、父親が一番喜んでくれたという。オーディションを受けることを勧めてくれた父親にとっても、娘の合格は大きな喜びだったのだろう。
こうして2022年2月、冨里奈央は乃木坂46の5期生として正式に加入することになった。
ところが、華々しいスタートを切った直後、思わぬ出来事が彼女を待っていた。
2月23日に予定されていた「5期生お見立て会」を前に、冨里は新型コロナウイルス感染者の濃厚接触者に指定され、イベントを欠席することになったのだ。公式発表では、「乃木坂46時間TV」への出演もあわせて欠席するとされている。
同期の11人が初めてファンの前にそろう大切な舞台に、自分だけ立てない。
その悔しさは大きく、後のインタビューで冨里は、自宅で配信映像を見ながら泣いてしまったと明かしている。一方で、5期生のメンバーたちから「奈央の分まで頑張るね」と電話などで励ましてもらったことも語っている。
そして4月27日、東京国際フォーラムで開催された**「第2回 5期生お見立て会」**で、ついに5期生11人全員でファンの前に立つことができた。
冨里にとって、ここが改めて「乃木坂46の冨里奈央」として歩み始める、大切な一歩となった。
約8,000倍という狭き門をくぐり抜けた少女は、最初のお披露目の舞台に立てないという試練も経験した。
それでも、同期の支えを受けながら一歩ずつ前へ。
ここから冨里奈央の、乃木坂46での物語が本格的に始まっていく。
加入後の飛躍と現在の活躍~経験を重ねながら存在感を高める次世代メンバー~
5期生として活動を始めた冨里奈央は、ライブや5期生楽曲への参加を重ねながら、少しずつファンの前で存在感を高めていった。
そして、加入から約2年。大きな転機となったのが、2023年11月に発売された34thシングル『Monopoly』だ。
初選抜で迎えた大きな転機
『Monopoly』で、冨里は初めて表題曲の選抜メンバーに選ばれた。
オーディション当時は「絶対落ちるだろうな」と思っていた少女が、今度は乃木坂46の表題曲を歌う選抜メンバーとしてステージに立つ。
学校生活や進路に悩んでいた中学時代から、乃木坂46の5期生として活動を始め、そこから一歩ずつ経験を積み重ねてきた冨里にとって、大きな節目となる出来事だった。
その後、35thシングル『チャンスは平等』ではアンダーメンバーとして活動。続く36thシングル『チートデイ』では再び選抜入りを果たすなど、選抜とアンダーの両方を経験しながら活動の幅を広げていく。
そして、ここからさらに大きな役割を任されることになる。
37thシングル『歩道橋』に収録されたアンダー楽曲『それまでの猶予』では、自身初となるアンダーセンターを担当。
選抜メンバーとして表題曲を届ける経験だけでなく、アンダー楽曲の中心に立ち、グループを引っ張る役割も経験したことで、冨里にとって新たな表現の幅を広げる機会となった。
38th・39th・40thシングルで見せた着実な前進
アンダーセンターを経験した後も、冨里は選抜とアンダー、それぞれの場所で経験を積み重ねていく。
38thシングル『ネーブルオレンジ』では再び選抜メンバーに選出。
さらに39thシングル『Same numbers』でも選抜入りを果たし、2作連続で表題曲のメンバーとして活動した。また、39thシングルでは選抜曲『真夏日よ』にも参加している。
一方、40thシングル『ビリヤニ』ではアンダーメンバーとして活動。アンダー楽曲『純粋とは何か?』にも参加した。
選抜だけ、アンダーだけという一つの道ではなく、それぞれの立場で経験を重ねてきたことも、現在の冨里を語るうえで重要なポイントだ。
そして、もう一つ彼女の存在感を大きく押し上げてきたフィールドがある。
それが、グラビアだ。
グラビア界でも高い人気を獲得
乃木坂46での活動と並行して、冨里奈央は数多くの雑誌グラビアにも登場してきた。
『週刊プレイボーイ』『週刊少年マガジン』『週刊少年チャンピオン』『週刊ヤングジャンプ』『B.L.T.』『アップトゥボーイ』『BOMB』『Platinum FLASH』など、さまざまな媒体でグラビアを披露。
制服姿のフレッシュな表情から、大人びた雰囲気をまとったカットまで、撮影ごとに異なる表情を見せてきた。
なかでも『週刊プレイボーイ』との関わりは深く、2023年には初めて表紙を飾り、その後も複数回にわたって表紙・巻頭グラビアに登場している。
2024年には「グラビア全部乃木坂46!」特集号や乃木坂46特集号で表紙・巻頭を務め、2025年3月発売号では北海道で撮影された高校卒業記念グラビアにも登場した。
また、『週刊少年チャンピオン』でも表紙・巻頭グラビアを担当するなど、活動の場を着実に広げている。
冨里自身も、グラビアについて「自分が知らない自分を知れる仕事」と語っており、撮影を通して新しい表情や自分自身を発見していることを明かしている。
透明感のあるルックスはもちろん、無邪気な笑顔から儚げな表情まで、その振れ幅を表現できることも、彼女が多くのグラビアで起用されてきた理由の一つだろう。
乃木坂46では選抜とアンダーの双方を経験し、アンダーセンターという新たな役割にも挑戦。
そしてグラビアでは、さまざまな雑誌の表紙・巻頭を飾るまでに成長した。
中学時代には将来に悩み、父親の勧めをきっかけに乃木坂46の門を叩いた少女は、今や自分自身の表現を模索しながら、一歩ずつ活動の幅を広げている。
その歩みは、ここからさらに大きくなっていきそうだ。
次世代を担うメンバーとして期待される存在へ
加入から数年で選抜入りを果たし、アンダーセンターも経験。さらに、グラビアやバラエティなど活動の幅を広げながら、少しずつ存在感を高めてきた冨里奈央。
選抜とアンダーの両方を経験したからこそ得られたさまざまな経験は、ステージでの表現力だけでなく、幅広い仕事に向き合う対応力にもつながっている。
透明感のあるビジュアルと柔らかな笑顔だけではない。経験を重ねるごとに、新しい表情を見せてくれることも冨里奈央の大きな魅力だ。
まだまだ伸びしろを残しているからこそ、これからどんな表情を見せてくれるのか。そして、乃木坂46の中でどんな存在へと成長していくのか。
彼女が見せてくれる、これからの景色に注目だ。


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